2018年4月18日朝日新聞夕刊

(昭和60年)

 「地毛はもちろん、日焼けやドライヤーで茶色になった髪まで黒染めを強要」「下着の色は白限定で、男性教諭がブラジャーの色を指摘」……。理不尽な校則や指導を「ブラック校則」とし、昨冬発足した「ブラック校則をなくそう!プロジェクト」。HPには170件以上も情報が寄せられ、「隣の席の男子ログイン前の続きがスカート丈を点検」「マフラー禁止」などセクハラや健康被害につながる訴えもある。
 半数が中高生からだが、残りは親世代などの体験談だ。メンバーでNPO法人「ストップいじめ!ナビ」の須永祐慈副代表理事(38)は「昨日のことのように事細か。嫌な気持ちを抱えたまま大人になった人が相当数いるんです」。
 発足のきっかけは昨秋、学校に茶色の地毛の黒染めを強要され精神的苦痛を受けたとする大阪の府立高の女子高校生が起こした裁判だ。
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 33年前にも、熊本県の「男子中学生丸刈り校則訴訟」判決が注目を集めた。途中から原告弁護を担当した福岡市の津留雅昭弁護士(68)は「校則の違法性を問う裁判の前例はなく大変でした」と振り返る。
 町立中の生徒と親が、丸刈り校則は基本的人権を侵害し、憲法違反だと校長らを熊本地裁に提訴。隣の中学は長髪可で父親が入学前から異議を唱えていた。学校側は校則制定権は校長にあり、非行防止効果と、遅刻増加など長髪の悪影響をあげ、「教育目的達成に合理的」と主張した。
 原告は敗訴。地裁は丸刈りの教育的効果は多分に疑問の余地ありとしながら著しく不合理とはいえず、「違法とはいえない」とした。判例は文部科学省発行の生徒指導提要に校則の根拠法令として残る。津留さんは「民主主義ではルール作りに当事者が加わるのが前提。合理性の判断には子どもも参画すべきです」。
 校則は明治の「小学生徒心得」が原型とされる。1970年代末に「荒れる学校」が問題化、校則が厳しくなった。教育ジャーナリストだった保坂展人世田谷区長(62)は、「荒れの根底には日常的な体罰があった。厳しい管理こそが暴力を生んでいた」。
 保坂さんが立ち上げた「学校解放新聞」が、85年に出版したのが「校則本」。中高生に呼びかけると、アンケートは300通、生徒手帳は100冊以上も届いた。
 「スカートのひだは24本」「靴ひもの穴は四つ」「日曜、祭日はできる限り外出しない」など「想像以上にばかばかしかった」と、企画を発案したジャパンマシニスト社の松田博美編集部長(58)。
 「学校は刑務所」とのアンケート回答に「同じだ」と共感したのは、16歳で編集に加わった伊藤書佳(ふみか)さん(49)。中学はスカート丈床上30センチ、かばんの幅10センチ以上、前髪は眉の上。東京の原宿に行かせまいと、日曜日は地元の駅で教師が見張っていた。本作りで自由な学校があることも知った。「子どもにとっては自分の学校がすべてですから」
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 丸刈り訴訟は負けたが、それでも津留さんは「意味があった」。福岡県では県弁護士会が93年の丸刈り校則廃止の人権救済申し立てを機に意見書を作った。弁護士が公立中約90校を回り、「雪崩をうつように廃止になりましたよ」。
 90年の神戸市の高校生校門圧死事件で、文部省は91年に校則の見直しを全国に指示。94年には「子どもの権利条約」が批准された。
 「子どもの権利の認知度が前とは違ったのでは」と言うのは、2000年に熊本県で「中学校の丸刈り校則をなくす会」を立ち上げた宮脇明美さん(58)。公立中約100校に丸刈り校則が残っていたが、福岡県弁護士会の取り組みを参考に、熊本県弁護士会に人権救済を申し立て、06年に全廃した。丸刈り訴訟に勝った中学校も校則をやめた。
 「中学校の丸刈り校則をなくす会」のHPには情報が全国から寄せられ続ける。昨年末には丸刈りはなくなっても「襟より長く髪を伸ばせないおかっぱ校則がまだある」「頭髪検査が厳しくなっている」という問題提起があった。宮脇さんは「活動中、周囲の大人の反発の方が強かった。学校だけでなく多様性を認めない社会の雰囲気が、子どもを苦しめ続けています」。(帯金真弓)


 ■以前よりも細かく縛り管理 評論家・ストップいじめ!ナビ代表理事、荻上チキさん(36)  「ブラック校則」のプロジェクトでは2月、10〜50代の2千人に中学高校の校則体験を調査した。髪形やスカートの長さの校則はいったん減る傾向だったが、10代で軒並み増えたのは驚きだった。下着の色指定や整髪料禁止など、新たな管理項目が増えていることもうかがえた。
 この結果は我々にも想定外だった。少なからず子どもの人権への配慮が進み、校則は減っているイメージがあったからだ。なぜなのか、検証が必要だ。
 確かに体育で水を飲ませないような懲罰的なルールは減った。だが、ソフトに立ち居振る舞いに介入する場面が増え、特に服装や髪形、行動を細かく縛ることで、かつて以上により“洗練された”管理教育が、全国で進んでいると感じた。
 子どものストレス因子が増えるといじめが増えることが知られているが、理不尽で厳しい校則はストレス増大につながる。制服そのものを苦痛に感じる性的少数者もいて、校則は少数者への抑圧や蔑視を加速させる。
 日本の学校は、同調圧力や横並びといった理不尽さに順応することを成長とし、校則はその象徴だ。本来は、個人が理不尽な目に遭わない社会を作らなければならない。その校則は必要か、そもそも校則は必要なのか。調査結果が議論の端緒になればいいと思っている。

 ■校則をめぐる年表
<1873年> 文部省が「小学生徒心得」を定める
<1981年> 熊本県の中学生丸刈り訴訟提訴
<85年5月> 修学旅行で校則違反のドライヤーを使った高校生が教師の体罰で死亡
<9月> 「校則本」出版
<11月> 丸刈り訴訟判決、原告敗訴
<88年> 静岡県などの中学校で校則に合わない髪形の生徒の顔写真を卒業アルバムから外す
<90年> 神戸市の高校で、遅刻しそうになった生徒が教師の閉めた校門に挟まれ圧死
<91年> 文部省が校則見直し調査を実施。引き続き見直しを指導する通知
<94年> 子どもの権利条約批准
<2004年> 熊本県弁護士会が丸刈り校則廃止を勧告
<17年> 大阪府の高校生が地毛の茶髪を何度も黒染め強要されたとして府を提訴

 ■中学・高校での校則体験(上段数字は中学、下段は高校)
《髪の毛の長さが決められている》
 10代  20代  30代  40代  50代
 26.6 16.7 13.7 32.0 25.4
 13.9 12.5 11.4 14.0 23.5

《スカートの長さが決められている》
 10代  20代  30代  40代  50代
 57.0 38.1 23.7 40.4 34.7
 48.1 32.1 27.5 25.6 30.5

《下着の色が決められている》
 10代  20代 30代 40代 50代
 15.8 4.8 1.9 3.2 0.9
 11.4 7.1 1.4 1.6 0.9

《チャイムの前に着席する》
 10代  20代  30代  40代  50代
 51.9 16.1 16.6 20.4 12.7
 26.6  9.5 10.0  8.4 10.8
 (単位は%、「ブラック校則をなくそう!プロジェクト」調べ)

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